[2022.07.14]
働く人にとって生活の基盤となる給与の支払い方法は、労働基準法の「賃金支払い5原則」によって厳格に規定されています。
ところが今後給与のデジタル払いが解禁されるとのニュースがあり、それに伴って労働法規が改正されるかもしれません。この記事では賃金支払い5原則の詳細と、これから訪れる給与の支払い方法の変更について解説します。
賃金支払い5原則は、労働基準法の第24条で規定されており、企業に課せられた強制法規です。ここからは賃金支払い5原則の内容と例外について当方の見解を交えて記載します。
賃金は従業員にとって、最も安全な手段である通貨で現金支払をしなければなりません。
通貨とは法定通貨のことです。そのため小切手、現物支給、振込などによる支払いは認められません。しかし厚生労働省令で定める賃金の確実な支払い方法であれば、従業員の同意を得た場合に限って銀行などの金融機関への給与支払いが可能となっており、殆どの企業において銀行口座への給与振込が行われています。
例外としては、事業主と労働組合とが「労働協約」により合意した場合に限り、通勤定期券や商品などの現物支給が許される場合があります。また、従業員の同意を得た場合に限り、小切手による退職金の支払いは可能です。
参考:e-Gov 労働基準法24条
賃金は必ず従業員本人に対して支払わなければならず、仲介者などの第三者が介入することなく、全額を従業員本人に渡す必要があります。本人から委任された代理人(弁護士など)や、法定代理人に支払うことも禁止されています。
例外としては、従業員本人が病気などのため、やむを得ない場合に限り、配偶者などが「使者」として賃金を受け取ることができます。また、税金の滞納などで賃金債権が差し押さえられた場合は、限度額の範囲内で債権者への支払いが認められます。金融機関への振り込みは、この原則に対しても例外扱いになります。
参考:e-Gov 労働基準法24条
賃金は必ず全額をまとめて支払わなければなりません。分割払いや一部控除は禁止されています。
例外として税法、健康保険法、厚生年金保険法などで認可されている源泉所得税や社会保険料などに限って、賃金からの天引きが認められています。また労使間において「労使協定」が締結されていれば、社宅などの福利厚生施設の利用費や社内預金などを天引きすることができます。
参考:e-Gov 労働基準法24条
賃金は毎月1回以上の頻度で支払いを行う必要があります。この原則は賃金の支払い回数を規制するもので、従業員に安定的な賃金の支払いを保障する目的があります。
例外としては臨時の賃金などがあり、例えばボーナス(賞与)、精勤手当、勤続手当などの支払いは、この原則に従う必要がありません
参考:e-Gov 労働基準法24条
賃金は毎月決められた期日に支払いを行う必要があります。この原則は賃金の支払期日を規制するもので、従業員に対する安定的な賃金の支払いを保障することが目的です。支払いの期日については事業主に任されていますが、毎月25日から30日の間のような一定期間内や、毎月第3金曜日のような月によって変動するような期日は規定できません。
例外として、毎月1回以上払いの原則と同様の内容があり、その他に支払日が休日や祝日の場合は、別の支払日に変更することができます。また、従業員が病気や出産などで非常時払いを望む場合には、賃金支払期日前であっても支払いを実行しなければなりません。
参考:e-Gov 労働基準法24条
給与支払いに関しては、関連するいくつかの規定が設けられています。
ここでは、その内の主な4つの規定について当方の見解を交えて解説します。
「給与支払い明細書」略して給与明細は、賃金の支払いに関する計算書として非常に重要な役割を担っています。事業主が支払った給与額と、給与から天引きされた税金や保険料がすべて記載されているということは「全額払いの原則」などを確認するうえで、法律上極めて有効な証拠になるからです。
給与明細は単に支払われた給与の額を確認するためのものではなく、事業主側が従業員に対して、控除した金額を明確にして通知するという役目を果たしています。さらに所得税額や社会保険料を証明するうえでも、非常に重要な資料だといえます。
また給与明細は「通貨払いの原則」を裏付けるために、賃金を現金で支払う場合でも、金融機関の口座に振り込む場合でも、必ず従業員に対して交付することが義務づけられています。ただし書式に関しては、特に決められた規定はありません。
参考:e-Gov 所得税法231条
休業手当とは、企業(事業主)が何らかの理由で事業を一時的に休止する場合などに、従業員に対して支払うべき義務がある賃金のことです。つまり企業側の都合によって、従業員が仕事を継続できない状況に陥ったときには、賃金の一定額以上を支払わなければならないということです。
休業手当は労働災害による休業や、産前産後休業、育児休業などとは異なり、あくまでも企業側に責任があって仕事を休む場合の補償です。労働基準法では平均賃金の60%以上を支払うことが義務づけられており、実際には100%を支払うことが望ましいとされています。
企業が支払うべき休業手当の義務を怠った場合は、30万円以下の罰金を科される可能性があります。ただし景気の変動などにより、やむを得ない理由で企業が事業を縮小~休止しなければならない場合は、「雇用調整助成金」の対象になることもあります。
参考:e-gov 労働基準法26条
従業員に対して減給の処分を下す場合は、労働基準法によって1回の減給額が平均賃金1日分の半額を超えたり、一定期間の賃金総額の10分の1を超えたりしないように制限されています。賞与などの減額についても同様に制限されています。また企業側は減給処分に関して、就業規則に明記しておく必要もあります。
参考:e-Gov 労働基準法第91条
従業員が遅刻や早退をしたときは、企業側はその分を賃金から減額することになります。ただし「全額払いの原則」に従うと、減額はできないことになってしまいます。そこで適用されるのが「ノーワークノーペイの原則」です。
この原則に従えば従業員は労働を提供していないことになり、企業側にも賃金の支払い義務は発生しません。遅刻や早退をした分は、労働時間としてカウントしないため、労働基準法違反にも該当しません。
参考:ノーワーク・ノーペイの原則
労働基準法によって長い間規制されてきた給与支払いですが、現在大きな転換点にさしかかっています。それが給与デジタル払いの解禁です。
最後に、これからの社会を変える可能性がある給与デジタル払いについてご紹介します。
給与デジタル払いとは、企業が従業員の給与を手渡しや銀行口座への振り込みではなく、厚生労働省から認可を得た資金移動業者が運営するアカウントに振り込み、従業員は給与を電子マネーで受け取ることです。
現在、政府では社会全体のデジタル化を推進しており、その内の1つの施策としてキャッシュレス化の普及が行われています。日本は主要先進国の中で、決済のキャッシュレス化が最も遅れている国の1つで、隣の韓国では、およそ96%がキャッシュレス化されているのに対して、日本ではわずか20%程度にとどまっています。
この状況は現在政府が進めているsociety5.0や、産業界が推進しているFintech(フィンテック)などの最新技術の導入を遅らせる要因にもなっています。政府が目指している新しい社会にするためにはデジタル化の推進が必須条件なので、現在のように現金による決済をいつまでも続けているわけには行きません。
そこで政府は給与のデジタル払いを解禁することによって、日本のキャッシュレス化を加速させたいという目的があります。また、デジタル給与が解禁されると、厚生労働省から認可を得た資金移動業者のアカウントに給与を支払えるので、給与の受け取り方や資金移動業者のサービスが広がっていくでしょう。
給与デジタル払いが解禁されることにより、ペイロールカードが普及する見込みです。
ペイロールカードとは、銀行口座と各種決済サービスを1枚のカードに統合したシステムといえます。最大の特徴は、企業側がペイロールカードに直接給与を支払えることです。ペイロールカードの管理は、銀行などの金融機関から切り離されて、厚生労働省の管轄下で金融庁による許認可を受けた弊社のような資金移動業者が行う予定です。
さらにペイロールカードは、電子マネーやキャッシュカードのように決済機能も備えています。ユーザーは入金された給与を使って、そのまま決済サービスを利用したり、ATMから現金として引き出したりできます。
つまり、ペイロールカードは銀行口座と連携したシステムではないので、ユーザーは銀行口座を開設する必要がありません。これまでのキャッシュレス・サービスのように、銀行口座からお金を移動する必要もありません。給与支払いがデジタル化することで、ユーザーの利便性が高まることは間違いないでしょう。
ただし、給与支払いのデジタル化を実現するには、賃金支払いの5原則を改正するか、新たな例外措置を設ける必要があります。果たしてどのような仕組みになるのか、今後の動向が注目されます。
従業員への賃金の支払方法は、労働基準法の「賃金支払いの5原則」によって厳重に規定されています。このルールが存在することで、労働の対価としての賃金が安全に給与として支払われます。しかし社会の変化によって、この原則の一部が時代にそぐわない可能性が出てきました。
今後は給与デジタル払い解禁によるペイロールカードの導入をはじめとして、金融サービスのデジタル化が加速すると考えられます。それに合わせて労働基準法などの見直し作業も進んでいます。実際に導入された給与デジタル払い解禁がどのように機能するのか、今からその登場が待たれます。